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 さ く ら 貝 の 歌

No.125 MP3-2009.07. 192kbps 4.85MB  3:31 ストリングス版 in Gm
作詞 土屋花情  作曲 八洲秀章


美しきうるわしき
桜貝ひとつ
去りゆける
君に捧げん
この貝は
去年こぞの浜辺に
われひとり
拾いし貝よ
ほのぼのと
うす紅染むるは
わが燃ゆる
さみし血潮よ
はろばろと
かよう香りは
君恋うる
胸のさざなみ
ああなれど
我が想いは
儚くはかなく
うつし世の
なぎさ
果てぬ

 「さくら貝の歌について」 (http://www.geocities.jp/marucyann1/sakuragainoutahiwa.html などより)

作曲家の八洲秀章(やしまひであき)は1915年(大正4年)6月、北海道虻田郡に生まれ、1985年(昭和60年)12月に鎌倉市の自宅で死去。(70歳)

21歳で上京し翌年(昭和12年)作曲家として活動を始めるも、その2年後肺結核を発病、療養生活を送る。
郷里で同じく胸を病んでいた後輩の女性・八重子と結婚おもと願うも彼女はまもなく病死。八洲は鎌倉由比ヶ浜の海岸で傷心を桜貝をひろってまぎらわした。
(八重子の「八」と戒名からのひと文字「秀」をとって八洲秀章としたという。本名:鈴木義光)
このとき詠んだ「わが恋の如く悲しや桜貝、かたひらのみのさみしくありて」を知人の土屋花情に示すと、同じような実らなかった恋を体験した花情は(逗子町役場の職員だった)海岸で作詞。出来上がった曲は昭和15年に録音されたが時節がらお蔵入りとなった。
それから約10年後の昭和24年7月から 小川静江の歌で「ラジオ歌謡」として発表された。

八洲はその後、『あざみの歌(昭和24年)』『山のけむり(昭和27年)』『マリモの歌(昭和28年)』などの名曲をはじめ、開道百年記念の交響詩「開拓者」(昭和43年)から、道内各地の校歌に至るまで、三千曲を超える「八洲メロディー」を世に送り出した。


”もろく-、はかなく-、いのち尽きるとかたひらにはなれてしまう-”「桜貝」を自分たちの恋にたとえて歌った曲ゆえに 聴くひとのこころを打つのでしょうか?

     in Am (イ短調) アルトリコーダー用伴奏カラオケは → ここから

                             ( 2015.4.16 TN )



 この曲は自作のMIDI・DATAを外部音源経由でパソコン内に
MP3録音したものです。(タッキーNの音源はSC8850です)

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